1/14宿舎前-大浜-開国橋-ハックドラッグ-宿舎前継続時間:14分52秒平均心拍数:113最大心拍数:122
2011年1月14日金曜日
「妥当性」メモ
風呂にはいると、ちょっとしたことを思いつくのでメモっとく。
例えば植物の1ミリ単位の成長をはかるのは、
1ミリの刻みがある物差しでなくてはだめ。
1センチ刻みの物差しでは測れない。
ましてや1メートル刻みでは、話にならん。
当たり前だ。
しかし、例えば樹高100メートルに達するセコイアの10年間の成長をはかるのに、1ミリ刻みの30センチ物差しで測ろうとする人はいない。
1メートル刻みのロープみたいな物が適切だろうし、
それすら馬鹿げていて、実は三角測量だったりする。
今の知的障害教育は、子供の成長をはかる共通の物差しがないのが弱点。
(通常教育にもないけど…)
明日の授業を考えるのに、学習指導要領読む人はいないだろう。
けど、指導計画や授業の短期目標に100メートル刻みぐらいのことを書いている人はよくいるし、自分もかつてはそうだった気がする。
単に「石けんをつけて、手を洗う」だけの授業に「清潔に過ごす態度を身につける」みたいなセコイア目標たてたりして。
たぶん現状はメートル法や尺貫法やヤードポンド法や天文単位が入り交じっている上に、
長さを測るのに分度器や体重計やストップウォッチや体温計やジャイロスコープなどを使っている人がいて、
「この子は32センチのびました。」
「だめだめ、三尺八寸しかのびてないわよ!」
「いやいや、38秒速くなりました。」
「え、38度の熱?それは大変」
みたいな、宇宙的な会話をしているのだ。
はじめは30センチ物差しでいいから、一つ作ればいいのに。
けんかばっかりして。
あー、これ、研修講義のマクラで使お!
部屋でちょっと踊りの練習
風呂が沸くまでの間、踊り続けてみた。
割と「はあはあ」言うぐらいの強度。
汗はかかない。
継続時間:7分24秒
平均心拍数:122
最大心拍数:134
ふーん。
もっと最大心拍数は上がるんかと思ったけど、15分の速歩の方が高いんじゃ。
踊りを2セットぐらいやったら、もう少しあがるかな。
今度やってみよう。
けど、鳴り物の音がないのは寂しいな。
今度帰った時にCDもってこよっと。
2011年1月13日木曜日
ウォーキング(散歩)
1/13 ちょっと膝に痛みがあるので、ゆっくり歩く。
コース:宿舎前-大浜-開国橋-ハックドラッグ-宿舎前
継続時間:16分9秒
平均心拍数:113
最大心拍数:133
今度、部屋で踊りの練習したらどうなるか?やってみよう。
2011年1月11日火曜日
2010年12月28日火曜日
ただいま帰省中
12/25に新幹線と高速バスを乗り継いで、徳島に帰省。
なぜ新幹線か?というと、今回はバイオリンを持って帰ったから。
飛行機だと、バイオリンの機内持ち込みでごたごたするし。J○Lのあほめ。
さて、最近のK浜の出来事を2つ。
まず、宿舎の風呂が完成!!
ついに、自分の部屋で王侯貴族の入浴が可能になったのだ。
苦節1年半。
涙、涙…
もう一つ、宿舎でそば米汁(もどき)を作った。
そば米汁は徳島の食べ物だ。
すまし汁に菜っ葉と鶏肉、にんじん、椎茸などと一緒に、炊いたそば米が入っているのが特徴である。
そば米というのは、いわゆるあの長ーい「そば」の材料である穀物。
そば米は、徳島ではスーパーなどでフツーに売っている食材だが、当然神奈川県には見あたらない。
以前に、妻に「そば米汁が食べたい」と連絡したら、フリーズドライそば米汁を郵送してくれた。
これが、めっぽう「まずい」のだ。
で、今回「そば米」自体を手に入れて、根本的にそば米汁を作ってみたというわけ。
で、これがスチームケースで炊いたそば米。
電子レンジでチンだから、いとも簡単。
そして、以前に炊いて冷凍保存してあった「大根とにんじんの炊いたの(?)」に、そば米と鶏肉を投入して作ったのが、この「そば米汁もどき」。
これが、結構いける。
フリーズドライそば米なんか、足元にも及ばないおいしさなのだ。
最後に、帰りの新幹線から見た富士山
来年が良い年でありますように。
2010年12月19日日曜日
何を教えるか?を考える
徳島の幼稚園および小学校でコンサルテーションを行った。
コンサルテーションの感想。
別にデータをとって比較したわけではないけれど、
知的障害特別支援学校の教員と、通常小学校の教員の違いは、子どもに何を教えたらいいのか?
を考える回数ではないか?
上の感想の理由
知的障害特別支援学校の場合
同じ年齢の子どもでも発達段階はバラバラでだから、教えるべき内容は子どもごとに違う。
当然、教科書も指導書もない。
学習指導要領も「具体的な指導内容は個別に設定する」と書いてある。
だから教員は「何を教えるべきか?」を常に考え続ける。
小学校の場合
同じ年齢の子はほぼ発達段階がそろっている(と見なしている、最近はこの前提が崩れているように思うけど)から、
教えるべき内容は皆同じ(と見なしている、同様に最近崩壊しつつあるかも)。
教科書と指導書には、教えるべきことが詳細に書いてある。
学習指導要領にも、具体的な指導目標(指導内容という曖昧な表現なのが気に入らないけど)が書いてある。
だから、教員は「何を教えるべきか?」を考える必要がほとんどないように思う。
コンサルテーションでわいた疑問。
小学校通常学級で、下学年の内容まで教えるような習熟度別グループ編成による授業は可能なのか?
疑問がわいた理由。
小4年8名のクラスの割り算の授業を見た。
明らかに割り算の学習が難しい児童が1名。
一部できるけど難しい児童が1名。
できない原因は明らかで、九九が未習得、引き算のスピードが遅い、スモールステップや練習回数が他の子どもより明らかに多く必要。
子どもが何人か集まれば、理解のスピードや達成状況に差が出るのは自然の摂理。
九九は2年生で習得しておく課題だが、4年生でも不十分な場合、算数で落ちこぼれていくのは必至。
一部の子どもに、割り算より九九をトレーニングすべきなのは明らか。
小学校に必要だと思ったもの
子どもが「わかった」「僕にもできた」と思う回数を保証するシステム。
例)田中さんのやった放課後クラブのような取り組み
私塾(今でいうと学習塾)には、このような事のヒントがあるような気がする。
しかし、私塾に頼ると経済格差が教育に影響を与える。
今は、まさにこの状態。
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